アルジニスと言う国を離れて1週間。俺達は新たな国の新たな町に来ていた。 法と魔術の国ルーセリア。その城下町。平日でしかも昼間だと言うのに激しく人が行きかう。歩いている人間のほとんどはおそらく主婦だろう。こんな時間から夕飯の支度でもしているのか、それともただたんに買い物を楽しんでいるだけなのかは定かではないが。 俺は右頬を押さえながら火乃木とともにルーセリアの城下町を歩いていた。 「あ〜いて〜……」 「レイちゃんが胸触るからだよ!」 「不可抗力だと言うに」 「ウソだ! ゆっくり手動かして僕の胸まさぐってたくせに!」 今朝のことだった。 いつか見た夢とは正反対に無駄にハイテンションな夢を見た俺は、起こしに来た火乃木の胸に触るという失態を犯したのだ。 「してねーよんなこと!」 「本当のことでしょう!」 「不可抗力だっつーの!」 「触ったくせに!」 「わざとではない!」 「触った触った触った触った触った触った触った触った触った!」 お前は子供か!? いい加減頭にきたので俺は火乃木の額めがけてチョップをかました。 「あいたー!」 「とにかく! アレは不可抗力なの! わかったか!」 「なにさ! 言い逃れできなくなったらって暴力はなしでしょー!」 「お前は悪くない! アレは不可抗力なんだ!」 「レイちゃんが悪い!」 「悪くないッ!!」 まあ、悪いのは俺なんだがな……道徳的に言って。でもここまで来たらもう引けねえし、なんせ火乃木だし。 「もう一度言う……アレは不可抗力だ……!」 「…………」 あれ? 言い返してこないぞ? と、思いきや小さくつぶやくように火乃木の奴こんな台詞吐きやがった。 「……チンチクリン」 グサァッ! ううう……いってぇよ……その言葉は……ってかひでえよ弱点をつくなんて……。 いくら背で勝っているからって……! いくら自分のほうが僅かでも背がでかいからって……! 「アタァー!」 俺は先ほどと同じようにチョップを繰り出した。 「いたーーい!」 見事額にヒット。 「うううう……今日はレイちゃんに二回も叩かれたよ〜」 涙目で言う火乃木。フッ。残念ながら俺に泣き落としはきかないぜ。 「俺はモノすげえブローを一発食らったけどな……朝早くに……」 「悪いのはレイちゃんだよ!」 「はいはい。そういうことにしといてあげますよ」 もう言い合うのも疲れたんでとりあえずそういうことにしておくことにした。これで丸く収まればよし、収まらない場合は……。 「やったー!」 素直に喜びすぎじゃね? いやまあ、いいけどさ……。いや素直すぎて逆になんかムカつく。 俺の今の目的は新しい剣を一本購入することだ。そのために町に繰り出していると言うのになんでこんな低次元な争いをしなければならないのか。 俺の剣は昔から愛用しているものだ。 俺が叔父《おやじ》に拾われた頃からずっと持っていて、その頃から何かと修行で使っていた剣だった。 だから、そろそろ新しく買い換えようかなと思っていたのだ。 「あ、ねえレイちゃん。ここじゃないかな?」 火乃木が武器屋と思しき店を指差す。看板には「竜殺しの魔剣屋」と書かれている。 ……竜殺しの魔剣とは……また随分大層な名前をつけたもんだ。 だがあらかじめ調べておいた武器屋の情報と一致してはいる。魔剣屋というからにはさぞ強力な剣が売っているのだろうか? 「確かにここみたいだな」 俺は竜殺し魔剣屋と看板を掲げた店へと足を踏み入れた。 「いらっしゃいませ」 ここの店主らしきおじさんが笑顔であいさつしてくる。 「うわぁ〜すご〜い。剣とか盾とかとかいっぱいだよ〜」 「そりゃ武器屋だからな。武器屋で武器が売ってなきゃ売るもんないしな」 「ボクにも使えるような武器あるかな〜?」 「ムリムリ。剣に振り回されるのがおちだっつの」 「ムカ! レイちゃんだって、何年か前にトゥ・ハンド・ソードとかいうでっかい武器買って、扱いきれずに返品したことあったじゃない」 「あ、あれは初めて武器を買ったときだろぉ! 今度は自分の体型に合ったものを使うって!」 「ほんとかな〜」 明らかに俺を見下したような視線! そういう目はやめろ! そういう目は! 「それでしたら、最もポピュラーなブロードソードや、ヴァイキング・ソードあたりがお勧めですよ」 今まで黙っていた店主が言った。 「ヴァイキング・ソードもブロード・ソードも剣の目利きが苦手な方や、初めて剣を持つといった方に対してはもっともお勧めできる武器です。どちらも大きなクセはなく、扱いやすさは保障しますよ」 「ふ〜ん。どうすっかな〜。見た感じ、そんなに大きな差があるとは思えないしな……」 「貴方の体型でしたら、大体80センチほどの長さが適切だと判断します。それ以上長いと鞘から引き抜くことはできない可能性もあります」 「なるほどね……」 「ねえねえおじさん! ボクが使うならどんな武器がいいですか? ボクも剣って初心者なんですけど」 火乃木は黙ってろって! お前剣買う気なのか? って言うか金あるのか? 「先ほども申し上げたとおり、初心者の方はヴァイキング・ソードか、ブロード・ソードをお勧めいたします」 「ふ〜ん……で、それってどんな武器なんですか? 何か違いはありますか?」 「そうですね。ヴァイキング・ソードは主に刀身の身幅を太く作らた両手剣で、切れ味よりは力に任せて叩ききるタイプの武器になります。ブロード・ソードは刀身が広く作られた片手剣になります」 「は、はぁ……そうなんだ」 アレは良くわかってないって顔だな。絶対そうだ。 おや? 「なあ、おじさん。あの剣はなんだ?」 俺が見つけた剣。それは鉄で出来た剣ではない、何か特殊な素材で作られた剣のような気がしたのだ。何せ色が鋼鉄のそれと微妙に違う。 「その剣はアダマン・ソードです」 「アダマン・ソード?」 「はい。北の大陸に、アダマンガラスという国がありましてね。近年。その国で発見された『錆びない鉄』から作られた武器なのです」 「アダマンガラスで作られた鉄で作られた剣。だからアダマン・ソードと言うわけか」 「そうです。しかもその切れ味は鎧ごと敵の肉体を切り裂くほどにすさまじいと聞き及んでいます」 「それはすごいな……え〜っと値段は……。ウエェ!? 金貨40枚! 「だ、だだだめだよ零ちゃん! 剣一本にそんな大金出せないよ!」 「あ〜……そうだよな〜……」 残念……。錆びない上に切れ味抜群と言う剣。握ってみたい衝動に駆られる……。もっともそんな大金持っていないが。 ここはやはりブロード・ソードか、ヴァイキング・ソードのどちらかにしておこうかな〜予算もそんなにないし。 ん? またも見た目かっこよしな剣発見! 「おじさんこれは?」 「そちらはバスタード・ソードになりますね」 「バスタード……確か、混血とか破壊者とか雑種とか色んな意味を持つ言葉だったな」 「その通りでございます。剣におけるバスタードは雑種の意味でして、これは突くことを主体としたタイプと切るタイプの剣に分かれるからなのです」 俺が見ている剣はおそらく切ることを主体にした剣だろう。そこそこに幅広な刃とスラッと伸びた刀身。 正直俺好みだ。 え〜っと値段は……。 「金貨二十枚か……う〜んちょっと高いな……」 「レイちゃん、下取りに出す剣持ってきてたんなら、まず先に下取りをしちゃったらいいんじゃないかな?」 「おっとそうだった。じゃあ早速……」 俺は腰に下げてある剣を店主に見せるために取り外そうとした。 そのとき、店のドアが開いた。 「いらっしゃいませ」 「あ、こんにちは」 入ってきたのは女だった。 ショートカットの青い髪の毛、黒のへそだしルックで、下は短パンというかなりの軽装だ。 半袖短パンであることと長身であることからか、スラッと伸びた二の腕や太ももは自らが健康体であることを主張するかのように白くきれいだ。 微妙にたれ目でもあり、そうであるにもかかわらず活発な……と言うか人懐こそうな印象を感じさせる顔立ちでもある。 「対人戦で使うグローブを買おうかと思ってるんですけど。おいてあります?」 「はい、こちらのコーナーになります」 仮にも魔剣屋なのに手につけて殴るためのグローブがあるのはどういうことなんだろう? あ、そんなことより下取りしてもらわないと。 「お〜いおじさん。俺の剣下取りしてほしいんだけど……」 「あ、はいはい。今向かいますよ」 「それじゃあ、この剣の下取りお願いします」 俺は自分の腰にさしてある剣を鞘ごと店主に渡す。 俺の剣はソードブレイカー。柄の長さはそれほどでもないが、剣を叩き折るためのかえしがついており、そこで刃を受け止めることで剣を叩き折ることの出来る武器だ。 剣としての特性と同時にサバイバルナイフとしても活用できる中々使える武器だ。 ただ俺のソードブレイカーはもう大分使い込んでるから刃こぼれがひどいんだがな。 「はい、かしこまりました。それでは数分お時間をください。それほど時間はかかりませんから」 「お願いします」 俺は店主に自分の剣を預け、さっきからグローブがおいてあるコーナーを眺めている女に話しかけた。 「買わないのか?」 「ん?」 女がこちらを振り向いた。 「俺は鉄零児。剣が武器の代名詞になっている昨今、グローブ系の武器を買いに来る人間は珍しいと思ってさ」 「まあ、そうかもね〜。今の主流っていうか、対人戦ではやっぱり剣のほうが強いって思うことはあるよ。でもね、剣は持ち運びに苦労することがあるでしょ? 私はそれが嫌でさ。拳一つで戦うほうがいいと思ってるの」 「へ〜って言うことは拳闘士なのか?」 「う〜ん」 女は腕組をしながら少し考える。 「ちょっと違うかな〜。拳闘士って言うより、傭兵だったって言ったほうが正しいかな?」 「傭兵ね〜」 『だった』ってことはもうやめちまったのかな? 「あ、そうだ」 「ん?」 「そう言えば君は名乗ったのに私は名乗ってないよね?」 「あ、そうだな。でも名乗りたくないなら別に名乗らなくてもいいぞ? 俺が勝手に名乗ったんだし」 「そんなことないよ。私は、ネレス・アンジビアン。知り合いからはネルって呼ばれてるからそう呼んでよ」 「覚えとくよ」 「お客さん。お待たせしました」 「お?」 どうやら俺の剣の査定が終了したようだ。俺はネルとの会話を中断して店主の方へ向かった。 「で、いくらになりました?」 「はい、金貨4枚になります」 「え?」 金貨4枚? よ、予想より少ない……。せめて金貨6枚はいくと思ってたのに……。 「もうちょっといかないっすかね?」 「お客様。それはちょっときついですよ。これでもサービスしたほうなんですから」 「見せてみて」 ネルが会話に割って入ってきた。 「クロガネ君……」 お? いきなり君付けですか。でもなんだ? そのため息は? 「こんな刃こぼれだらけの剣を下取りに出せるだけでもいいことだよ。切れ味だって相当落ちているだろうし、これなら砥石《といし》で削るなり、鍛冶屋に出すなりしたほうがいいんじゃないかな?」 「む〜……そうか……」 「ちなみに予算はどれくらいあるの?」 「今の下取り金額で金貨4枚と財布の中に金貨が8枚で合計金貨12枚って所だな」 「君……金貨12枚で新しい剣を購入する気だったの?」 「そうだけど……」 「剣を買うなら最低でも金貨16枚以上は持ってきたほうがいいよ。金貨12枚じゃ短剣ぐらいしか買えないよ。ブロード・ソードだって金貨14枚以上はするんだから」 確かに今までだって剣を買うときは最低でも金貨十五枚以上の予算は持ってきていたからな〜。俺の見積もりが甘かったってことか……。 「予算不足なら……買えないね」 なぜかふくれっ面の火乃木の言うとおり予算がなければ新しいものは買えない。 「仕方ない。先に仕事して金をためるか」 「そのほうがいいよ。安物買いをするより、いい剣を十分な予算で買ったほうが結果として安上がりになることもあるしね」 「忠告ありがとう。剣の購入はまたあとにするよ」 「うん」 「じゃあ、火乃木、行くか」 「……うん」 火乃木はなぜかふくれっ面のまんまだった。 |
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